治療の実際 見てわかる耳の病気
1. 耳の内視鏡検査
当院では全例必ず耳の中を内視鏡で診察いたします。乳幼児は大人に比べて中耳炎にかかりやすく、乳幼児において鼓膜の観察は特に重要です。従来から観察しづらい場所であった鼓膜は、内視鏡の発達と、デジタル記録の進歩のおかげで、大人はもちろん、乳幼児でも詳細な観察がスムーズに行えるようになりました。
- まず、耳の穴から外耳道、鼓膜を、手術用顕微鏡を使って立体的に観察します。耳垢があると鼓膜はよく見えませんので、(手術用)顕微鏡をのぞきながら、丁寧に取り除きます。
- 続いて、硬性内視鏡(鼓膜鏡)で、鼓膜を撮影し、時系列でファイリングします。極細径の電子ファイバースコープで観察することもあります。
- 記録した画像を見ていただきながら、現在の病状、これまでの経過、治療方法等について説明します。
2. 鼓膜
耳の穴から約3cmのところに鼓膜があります。鼓膜は直径約1cm、厚さ約0.1mmの半透明の膜で、中央で光を反射している部分を「光錘(こうすい)」といい、上方の白い出っ張りは、鼓膜に接して音を伝える役割をする「ツチ骨」の突起です。
健常な鼓膜
青の矢印:光錘 赤の円:ツチ骨の短突起
3. 耳垢(みみあか・じこう)
耳垢がつまっている状態を耳垢栓塞といいます。耳垢がカチカチの硬い塊になっている場合もあり、耳垢を柔らかくする薬を耳に入れてしばらく置いた後で、手術顕微鏡をのぞきながら丁寧に取り除きます。
本来、耳垢は自然に取れていくものであり、耳掃除は必要ありませんが、乳幼児や、大人でも外耳道が狭い方は耳垢がつまってしまうことがあります。無理に取ろうとすると外耳道を傷つけてしまいますので、耳鼻科を受診して除去してもらってください。
耳垢栓塞(じこうせんそく)(CASE 1)4歳女児
耳垢栓塞(じこうせんそく)(単純例) CASE 2 : 29歳男性、CASE 3 : 72歳女性、(外耳炎合併例) CASE 4 : 57歳女性
耳垢栓塞は柔らかい耳垢の方、外耳道が狭い方に起こりがちです。耳掃除をしているつもりが実は耳垢を奥に押し込んでいたということもあります。耳づまり感や難聴のほかに、痛みを伴うときは大抵外耳炎も引き起こしているので、まずは耳洗浄等で耳垢を取り除くことが必要です。
4. 外耳道
外耳道に小さな傷ができて、そこに細菌感染が加わると、強い痛みと腫れが出てきます。日ごろからよく耳を触る人、耳掃除が癖になっている人に起こりやすいです。
外耳炎 CASE 1 : 30歳男性、CASE 2 : 27歳女性
CASE1では外耳道の腫れた部分から膿も出ています(青矢印)。CASE2では、外耳道の全周が腫れて耳の入り口も狭くなっています(緑矢印)。このように炎症が強い外耳炎では、突き当りにある鼓膜にも炎症が及んで、一部は赤く腫れています(黄の円)。外耳道や鼓膜の腫れがすっかり回復するには2~3週間かかります。
常時耳に強いかゆみがある場合には、真菌感染が疑われます。診断の確定には培養検査が必要ですが、手術顕微鏡下で真菌症特有の菌糸が観察されると、診断は容易です。
外耳道真菌症 CASE 1 : 53歳男性、CASE 2 : 27歳女性、CASE 3 : 23歳女性、CASE 4 : 70歳男性
培養検査で、CASE1,2ではカンジダ、 CASE3,4ではアスペルギルス(いずれも真菌の名称)が確認されました。
異物は多種多様ですが、いずれの場合も、手術用顕微鏡下で、外耳道を傷つけないように慎重に除去します。
外耳道異物(身近にあるもの) CASE 1: 33歳女性(毛髪)、 CASE 2: 79歳女性(紙のこより)、CASE 3: 3歳男性(砂粒)、CASE 4: 31歳女性(砂粒)
よくあるのは髪の毛で、鼓膜に当たっていると、頭を動かすたびにゴソゴソ音がします。耳掃除のときに使った綿棒の先や、ティッシュのこよりが残ってしまった例、砂浜や砂場で遊んでいて砂粒が入った例などは割りによく遭遇します。
外耳道異物(比較的稀なもの) CASE 5: 33歳女性(ゴム製ピアスキャッチ)、CASE 6: 12歳男性(BB弾)、 CASE 7: 73歳女性(昆虫)、CASE 8: 76歳女性(昆虫)
ピアスのキャッチ部分を耳穴の方へ落してしまった人、遊び感覚でBB弾を耳の中に入れてしまった子供もいました。昆虫が侵入してくることもあります。
5. 鼓膜の損傷
耳かきや綿棒で耳を突いてしまった、平手で殴打されたなど、直接の外傷や強い圧力がかかったときに鼓膜が破れることがあります。症状は、難聴と、耳が詰まったような違和感です。健康な鼓膜であれば穴があいても自然に修復されることが多いですが、穴が大きいと閉鎖まで時間がかかり、穿孔による症状は穴が塞がらない限り持続しますので、受傷後早い時点で鼓膜穿孔閉鎖術を行います。これはコラーゲン膜等で穿孔部を覆う手術で、直後から難聴や違和感はかなり軽減されます。もともと鼓膜や外耳道の皮膚は内側から外側に向かってゆっくりと移動する性質があり、コラーゲン膜で被覆した穿孔部分も修復されながら外耳道側にずれていきます。順調に経過すると、約1か月で穿孔は閉鎖します。
●当院での治療例を2つ、お示しします。
外傷性鼓膜穿孔 CASE 1 4歳女児
お母さんに耳掃除をしてもらっているときに弟妹がぶつかって、耳かきが奥まで入ってしまい、受傷。その翌朝に受診されました。出血もまだ少しあったので、点耳薬を開始して、翌日、鼓膜の穴(黄矢印)をコラーゲン膜(黄の円)で覆いました。その約4週間後、コラーゲン膜を外すと穴はすでに閉じており(青の円)、さらに1週間後にはかさぶたも外耳道側に移動して、きれいな鼓膜が確認できました。
外傷性鼓膜穿孔 CASE2 32歳女性
耳掃除中に、耳かきのふさをねらってペットの猫が飛びついてきたために鼓膜を突いてしまったとのことで、受傷2日後に来院。初診時にコラーゲン膜(黄の円)で穴(黄矢印)を覆う処置をしました。約1カ月後、コラーゲン膜を外すとすでに穴は閉じていました(コラーゲン膜を外した部分のかさぶた(青の円)。さらに3か月後、鼓膜表面は滑らかに修復されていることを確認して治療終了しています。
6. いろいろな中耳炎の鼓膜
鼓膜の奥には、中耳腔と呼ばれる空洞が広がっています。この中耳腔の炎症をさして、中耳炎といいます。
中耳炎ごとに鼓膜には特徴的な見え方が現れますので、逆に、鼓膜を詳しく見ることで中耳炎を知ることができます。
●以下に、代表的な中耳炎での、特徴的な鼓膜の見え方をお示ししますので、正常例と比較してご覧ください。
これは右の健常鼓膜です。
比較しやすいように、以下の症例も右の鼓膜でお示しします。急性中耳炎
1歳女児
鼓膜は赤く腫れています。乳幼児では、高熱や不機嫌、耳をよく触るなどの様子があれば、急性中耳炎の可能性があります。滲出性中耳炎
4歳女児。
鼓膜の奥の、中耳腔という場所に滲出液(黄の矢印)がたまっています。難聴のみで痛みを伴わないので、発見が遅れることがあります。-
滲出性中耳炎(難治性)
6歳女児。
中耳腔には濁った茶色の滲出液(黄矢印)がたまっています。 -
癒着性中耳炎
8歳女児。
中耳腔が十分に換気できない状態が続くと、鼓膜は内側に引っ張られて徐々に薄くなり、次第に癒着(黄の円)してしまいます。 -
先天性真珠腫
3歳男児。
鼓膜直下に白色の塊(真珠腫)(黄矢印)が見られます。偶然に見つかることがほとんどで、大きくなるスピードがとても速いのですぐに手術で摘出する必要があります。 -
ここからは左の鼓膜が続きます。
これは左の健常鼓膜です -
慢性中耳炎
64歳女性。
鼓膜に穴(黄矢印)があり、風邪などの体調悪化で、耳だれが出ます。手術で穴を閉じる治療があります。 -
真珠腫性中耳炎(弛緩部型)
38歳女性。
鼓膜の上の強い凹みに上皮のかすが溜まり、真珠腫(黄矢印)を形成しています。真珠腫は徐々に周りの骨を溶かすので、手術で取り去ることが必要です。 -
真珠腫性中耳炎(穿孔縁型)
78歳女性
鼓膜穿孔の縁から上皮が内側に回り込んで真珠腫(黄矢印)を形成しています。
7. 病期によって移り変わる鼓膜
炎症には、発症してから進展、増悪期間を経て、個々の免疫や治療によって消退するまでの一連の経過があり、中耳炎にも発症から治癒まで、大体決まった流れがあります。中耳炎は鼓膜を介して観察するので、鼓膜所見の移り変わりから、中耳炎の経過をとらえることができます。
急性中耳炎の発症から治癒までの経過をいくつかの病期に区切ると、病期ごとに特徴的な鼓膜所見があり、炎症の経過とともに移り変わってゆくことがわかります。したがって、鼓膜を見ると、今の炎症の具合がわかります。
●急性中耳炎の流れを、当院の治療例から引用してお示しします。各時点に特徴的な所見をお示しするために、画像は複数の症例から引用しており、炎症の増悪期はいずれも治療開始前の症例で、回復期は治療中の症例です。
急性中耳炎の流れ
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健常な鼓膜(右耳)
鼓膜の内側は中耳腔という空間です。鼓膜には耳小骨の突起(青の円)が接しています。 -
発症後きわめて初期
中耳腔にたまりはじめた膿汁が乳白色の影(黄矢印)として見えています。 -
発症後、初期
鼓膜の赤味が増して、膿汁(黄矢印)も増えてきました。 -
急性炎症増悪期
赤味と膿汁(黄矢印)がさらに増えました。耳小骨の突起(青の円)はまだ見えます。 -
急性炎症増悪期
鼓膜の腫れと発赤が増して、耳小骨の突起(青の円)は見えなくなりました。 -
急性炎症増悪期
鼓膜はもっと膨らんで、腫れと赤味は外耳道側にも及んでいます。 -
急性炎症ピーク
鼓膜はついに破れて、耳だれが出ています。破れずにピークを越す場合もあります。 -
急性炎症軽快期
耳だれは止まり、膿汁(黄矢印)が減って透明な滲出液(青矢印)が現れます。 -
急性炎症軽快期
貯留液は膿汁から滲出液(青矢印)に置き換わり、気泡(赤矢印)が現れました。 -
急性炎症軽快期
滲出液(青矢印)の排泄が進み、たくさん空気(気泡:赤矢印)が入ってきました。 -
急性炎症治癒
中耳腔の貯留液はすっかり排泄され、鼓膜の発赤もほぼなくなりました。
実際の症例では、「急性中耳炎の流れ」に示した途中のどこかから観察が始まり、軽症であればピークまで到達せずに軽快します。
●急性中耳炎の治療例を3つお示しします。
急性中耳炎(比較的軽症) CASE 1
Aくん(1歳5か月)は、保育園に入園して4カ月です。入園後すぐに、両耳とも急性中耳炎にかかり、左耳が中耳炎になるのはこれで2回目です。初診時には膿汁(赤矢印)が見えますが、回復期に入ると気泡と(青矢印)、茶色の透明な滲出液(黄矢印)が現れ、やがて滲出液だけになり、滲出液も抜けていきます。
急性中耳炎(比較的重症) CASE 2
Bちゃん(1歳3か月)は、保育園に入園して1か月です。2週間前に発熱があり、4日前から再び高熱が出ています。急性中耳炎は初めてです。耳だれがじわじわと出ていましたが明らかな鼓膜穿孔はなく、翌日には耳だれも止まり、鼓膜の腫れと、中耳腔の膿汁(赤矢印)も見られました。その後回復期に入り、気泡(青矢印)が現れ、膿汁は滲出液(黄矢印)に置き換わり、滲出液も抜けました。
急性中耳炎(水疱形成) CASE 3
Cちゃん(2歳6か月)は、生後7か月で初めて急性中耳炎になり、その後も反復しています。初診時には右耳の鼓膜は赤く腫れて、水ぶくれ(水疱)(赤矢印)もできていましたが、治療開始後、水疱は自然につぶれて、中耳腔の滲出液(黄矢印)も次第に抜けていきました。気泡(青矢印)。
急性化膿性中耳炎 CASE 4
Dちゃん(1歳9か月)は、保育園に入園して6か月です。耳だれで受診されました。急性中耳炎は初めてです。初診時には大量の耳だれで鼓膜の観察は困難でしたが、翌日には鼓膜に強く膨隆した部分から耳漏が出ているのを確認できました(黄矢印)。その後、耳だれは止まって、続いて鼓膜の膨隆も引き、中耳腔内の貯留液がなくなって治癒しました。
急性化膿性中耳炎 CASE 5
Eちゃん(0歳11か月)は、5日前から高熱が出て小児科で診てもらっていましたが、耳だれが出てきたので当院を受診されました。耳だれは右鼓膜の腫れた部分から出ており(黄矢印)、この部分は5カ月前の中耳炎の際にも強く腫れていた部分でした。耳だれはすぐに止まりましたが、2週間後にも高熱が出て、再び耳だれが出ました。以前から中耳炎のたびに膨隆を繰り返していた部分に穴があいており(青矢印)、治療開始2日で耳だれは止まって、その5日後には穴も閉じました。
ここに注意!
急性中耳炎の痛みは通常、発症初期に最も強く、その後は痛みより、耳のつまり感や、聞こえにくさが主な症状になります。大人ではこうした症状には敏感ですが、子どもは痛みがおさまれば特に何も訴えなくなります。このため、「耳を痛がらなくなったから様子を見ていてもいいかな」、と受診しないでいると、炎症がもっと進んで数日後に耳だれが出るというようなこともおこりかねません。急性中耳炎であればきっちり治るまでにはある程度の期間を要します。耳を痛がったらまずは耳鼻科を受診し、急性中耳炎であれば治るまで、根気よく治療を継続することが大切です。
滲出性中耳炎の場合も、鼓膜を通して、中耳腔にどんな色合いの貯留液が、どのくらい溜まっているのかを判断します。
一般的な滲出性中耳炎は、薬物治療や副鼻腔炎の治療で治っていきます。耳管機能がよくないときは長引くので、鼓膜切開や鼓膜穿刺で中耳腔の換気がよくなると、貯留液の排泄が進み、その後急速に改善します。耳管機能がかなり悪く、経過も長いと、粘性の高い貯留液がたまっていることが多く、チュービングで継続的に中耳腔の換気をよくする治療によってようやく改善します。
●滲出性中耳炎の治療例を3つお示しします
滲出性中耳炎 CASE 1
Fちゃん(5歳)は、鼻水が多く、時々耳も痛かったとのことで受診されました。鼻も悪く、副鼻腔炎の治療を兼ねて、薬物治療を開始すると、右滲出性中耳炎は約1か月で治りました。初診時に中耳腔に充満していた透明な茶色い滲出液(黄矢印)は、薬物治療開始後は徐々に気泡(青矢印)が見られるようになり、滲出液は排泄されました。
滲出性中耳炎(鼓膜切開実施) CASE 2
Gちゃん(8歳)は学校健診で左難聴を指摘されて、受診しました。左中耳腔には滲出液(黄矢印)が充満しており、薬物治療を開始しましたが軽快せず、もっと難聴が進んだので、麻酔後、鼓膜を切開(赤矢印)しました。直後から聞こえはよくなり、気泡(青矢印)も現れ、滲出液も排泄されました。穴は約10日間で閉じました。
滲出性中耳炎(チュービング実施) CASE 3
Hちゃん(5歳)は薬物治療や副鼻腔炎の治療を約1年間続けましたがよくならず、難治性の滲出性中耳炎として、チュービングを実施しました(赤矢印)。両側同様の経過でしたので、ここでは右耳についてお示しします。たまっていた滲出液の粘性が高くてチューブの内腔が詰まったため、途中でチューブを入れ替えましたが、チューブが自然脱落するまでの約半年間に滲出液は排泄され、チューブ脱落後も再貯留は見られません。
乳幼児は急性中耳炎を繰り返すことがあり、小児急性中耳炎診療ガイドラインでは過去半年以内に3回以上、1年以内に4回以上急性中耳炎にかかる状態を反復性中耳炎と呼んでいます。反復性中耳炎の中には、症状が途切れている間に鼓膜の状態が健常に戻るそんなに心配のいらないものもありますが、多くは貯留液がたまったままのもの、鼓膜が強く凹んだままのものなど、遷延例、難治例も含まれます。
●反復性中耳炎の症例をお示しします。
反復性中耳炎 CASE 1
Iちゃん( 2歳)は、1年前に保育園に行きだしたころから何回もかぜをひいて、両側の急性中耳炎を繰り返しています。両側同様の経過ですので、ここでは右耳についてお示しします。炎症の間に健常な状態に戻る時もありますので、お薬と鼻の治療を継続中です。
反復性中耳炎(チュービング実施) CASE 2
Jちゃん(0歳9か月)は、2か月前から保育園に入園しています。小児科で急性中耳炎といわれたので、耳鼻科に来院。初診時に両側鼓膜はすでに凹みが強く、耳管機能が不良と予想されました。急性中耳炎の反復のたびに鼓膜の膨隆と陥凹を繰り返され、薄くなって、中耳腔に癒着する心配も出てきたのと、貯留液も持続しているので、約半年間の経過観察ののち両側のチュービングを行いました(赤矢印)。両側同様の経過ですので、ここでは右耳の経過についてお示しします。チューブを入れて3か月が経過し、中耳腔からは貯留液が抜けて、鼓膜の凹みも回復しています。
ここに注意!
チューブ留置中は中耳腔の換気や排膿が持続して行われるので、難治性の反復性中耳炎も改善します。なかなか治らない中耳炎に対しては、癒着性中耳炎や真珠腫性中耳炎などの厄介な中耳炎に進んでしまうことがないように、チュービング等を積極的に行うべきと考えます。なお、乳幼児のチュービングは通常全身麻酔のもとで行いますので、病院に紹介して実施していただいています。